「修道女」が探偵役の「宗教」ミステリー H・H・ホームズ『九人の偽聖者の密室』

アメリカの作家アンソニー・バウチャー(これもペンネーム)がアメリカの連続殺人鬼の偽名をペンネームに1940年に出版したNine Times Nineの邦訳は雑誌に掲載されて以来、単行本化されないままだった。それが、旧訳の単行本化と新訳の出版が2022年9月になさ…

Julian-Claudian, the Roman Emperor? (S・S・ヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』より)

S・S・ヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』の新訳(日暮雅通訳、創元推理文庫、2024年)を読んでいて、「ユリアヌスークラウディウス(四世紀ローマの皇帝)」(同書、109頁)という言葉が出てきた。銃による殺傷事件が起きたグリーン家の退廃について…

ジェイムズ・ヤッフェ「皇帝のキノコの秘密」―クラウディウス毒殺の謎

「ブロンクスのママ」シリーズで有名な作家ジェイムズ・ヤッフェは15歳の時EQMM誌に短編ミステリ「不可能犯罪課」を投稿し、同誌1943年7月号に掲載されデビューしている。その後このシリーズ全6作が同誌に掲載された。 「皇帝のキノコの秘密」は第5作目でEQM…

マックス・ウェーバー著、野口雅弘訳『支配についてI 官僚制・家産制・封建制』(岩波文庫、2023年)

先日出版されたマックス・ウェーバー著、野口雅弘訳『支配についてI 官僚制・家産制・封建制』(岩波文庫、2023年)を読んだ。訳者あとがきに「このテクストは百年以上前に書かれたものであり、現代社会について現代の人が書いた研究ではない。しかしそれで…

イタチとキツネ

昨日放送されていた『ズートピア』を見て、キツネに対するステレオタイプは払拭されていたが、イタチのそれはされていないな、と思った。キツネと同じくイタチにも「ずるい」動物というイメージがあるが、抜け目ない詐欺師のニックと海賊版DVDを売っているデ…

二人のイサキオスの混同? 江戸時代後期の儒学者に叙述されたビザンツ帝国

杉下元明「幕末維新期の知識人にうたわれたローマ帝国」(同著『比較文学としての江戸文学』汲古書院、2023年、277-297頁。初出:『日本漢文学研究』8号、2013年、19-40頁。)を読んで、江戸時代後期の儒学者斎藤竹堂(1815-1852)が漢文で著した『蕃史』と…

女帝の時代

*当記事は2021年6月26日の著者自らの一連のツイートを元にしている*1。 義江明子著『女帝の古代王権史』(ちくま新書、2021年)によると「父系直系継承を支えるための「中つぎ」」にすぎないとみなされてきた古代の女帝が、最近の研究ではかなり主導的に統…

佐藤二葉『アンナ・コムネナ』3(星海社、2023年)

『アンナ・コムネナ』3巻を読んだ。皇子ヨハネスの初陣にあたって、彼の従兄弟たちも出陣することになる。その中にアレクシオス一世の弟ニケフォロスの息子アレクシオスがいた。彼をVarzosのコムネノス家のプロソポグラフィーで調べてみた*1。情報は少なく、…

ヴェネツィア共和国のドージェについて

前々から気になっていたビザンツ研究者渡辺金一氏の『海の都の物語』についての書評を読んだ*1。そこにこう書かれていた。 塩野さんが元首という訳語をあてているドージェとは、語源的にみれば、ラテン語のドゥクスのイタリア語化した言葉、つまり、本来は、…

『喜嶋先生の静かな世界』と「キシマ先生の静かな生活」のあいだ

森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』が刊行されたの知った時、似たようなタイトルの短編を読んだことがあったので、『僕は秋子に借りがある』のように再編された短編集の表題作だと思っていた。それは短編集『まどろみ消去』に所収されている「キシマ先生の静か…

A・P・カジュダンのビザンツ観

この機会に、連続ツイートしたものを編集してブログに挙げてみようと思う*1。 以前ビザンツにおける科学について調べるとき、C. Mango, “Byzantium’s Role in World History” in The Oxford Handbook of Byzantine Studies (Oxford, 2008)を読んだ。そこにソ…

『アレクシアス』中の皇帝の名に因んだ金貨名称について

アンナ・コムニニの『アレクシアス』の中に引用されている二つの外交文書において、2回皇帝の名に因んだ金貨名称が登場する。 一つ目はアレクシオス1世の西の皇帝ハインリヒ4世宛書簡で、ハインリッヒに贈られた貨幣の金額は「細工された銀(イルガズメノス …

シャーロック・ホームズ譚「三人の学生」と19世紀末英国の古典ギリシア語学習環境

ギリシア語初級の夏休みの宿題が、ギリシア語テキスト1ページのコピーを渡されて、全訳して誰のなんという著作のどこの箇所か探してこい、だったな… — ursus (@ursus21627082) February 10, 2021 このツイートを読んで、シャーロック・ホームズ譚の一つ「三…

そこには、だれの肖像と銘があるか:11世紀ビザンツの金貨の品位低下と皇帝肖像に因む金貨名称

「デナリオン銀貨を見せなさい。そこには、だれの肖像と銘があるか。」彼らが「皇帝のものです」と言うと、 イエスは言われた。「それならば、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」 (ルカによる福音書(新共同訳)/ 20章 24-25節)*1 比佐篤『貨幣…

「ウォーターローの海戦」?

先日、平井呈一訳『吸血鬼ドラキュラ』(創元推理文庫)を読んだ。 登場人物の一人ジョナサン・ハーカーが「弁理士」とされていたが、やっている仕事は「事務弁護士」のそれだよなと思っていたら、案の定原語は"solicitor"だった。 またジョナサンの婚約者で…

冗談について西洋古典より三つの引用

アリストテレス『弁論術』2巻第4章1381a30-40(戸塚七郎訳、岩波文庫、1992年、180頁) また、上手に冗談を飛ばすことも、冗談をうまく受け止めることもできる人々も、友人である。なぜなら、これらの人々は、相手がからかうのを笑って聞き流すこともできるし…

北村薫『朝霧』を文庫版で読み直す

*このブログ記事は北村薫「朝霧」の内容の一部を引用しています。また読者として当該作既読の方を対象にしていますので、内容について詳しく述べてはいません。 北村薫『朝霧』を読み返そうと思った。単行本(東京創元社、1998年4月)で持っているのだが、…

グラウコンとマキァベッリ

ジョナサン・ハイト(高橋洋訳)『社会はなぜ左と右にわかれるのか : 対立を超えるための道徳心理学』(紀伊國屋書店、2014年)を読んだ。この本の中で「グラウコン主義」という用語が繰り返し用いられている。これはプラトンの『国家』第2章(357A-369B)で…

ビザンツの科学分野における貢献

イスラム科学や西欧中世の科学に比べて、科学史におけるビザンツの貢献への関心は概して薄い。 ビザンチンの学者たちは上記のような知的優位にあったにもかかわらず、彼らの良き富を利用しなかった。「学問の園」は科学史、自然哲学史においてほとんど何も花…

アメリカ合衆国とアドリア海の2つの共和国

先日、バリシァ・クレキッチ著、田中一生訳『中世都市ドゥブロヴニク : アドリア海の東西交易』(彩流社、1990年)を読んだ。この本は原題Dubrovnik in the 14th and 15th centuries : a city between East and West (University of Oklahoma Press, c1972)…

「最初の近代人」神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世

塩野七生が神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世(在位1220-1250)の評伝を近く出版する*1。 彼女は以前にも『サイレント・マイノリティ』(新潮文庫、1993年;単行本: 新潮社、1985年)所収の「イェルサレム問題」で、彼の「十字軍」について書いている。 フリード…

G・K・チェスタトン「秘密の庭」における「カトー」

*G・K・チェスタトン「秘密の庭」(『ブラウン神父の無心(童心)』所収)の内容の一部に触れています。 昨年12月にG・K・チェスタトンのブラウン神父物の第一短編集The Innocence of Father Brownの新訳が、ちくま文庫で出版された(南條竹則/坂本あおい訳『ブ…

「28歳研究者 原子力を問う」(『朝日新聞』2012年8月14日夕刊3面)

昨日の朝日新聞夕刊の文化面に、『「フクシマ」論 : 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社, 2011年)の著者開沼博と『核エネルギー言説の戦後史1945-1960 : 「被爆の記憶」と「原子力の夢」』(人文書院, 2012年)の著者の山本昭宏の「対談」記事が載っていた…

STSの方法論はそもそも「科学vs.社会」を前提としている?

*引用文中の句読点は「、」「。」に統一した。 STSの政治論的転回関係の文献を読んでいく中で以下の文章を見つけた。 ここでは、STSの方法論が「科学vs.社会」という概念対を下敷きにしていることだけを確認しておきたい。たとえば藤垣裕子は、STS研究の初…

「リスク・コミュニケーションの参与者の意図は、時に政治的である。」

昨日、平川秀幸氏の以下のツイートを読んだ。 全米研究評議会(NRC)の89年の報告書Improving Risk Communicationより引用:『民主主義における他のコミュニケーションの場合のように、リスクコミュニケーションの参加者の意図は時に政治的である。』(続 ht…

コリンズとピンチはホメオパシーを擁護していたのではないらしい。

id:kumicitさんのブログ『忘却からの帰還』の3月5日付の記事「CSICOPを斬ってたSTS学者」にSTS学者Trevor J PinchとHarry M. Collinsの著書からの引用とkumicitさんによるその日本語訳が載せられていた。 If homeopathy cannot be demonstrated experimental…

杉山滋郎「科学コミュニケーション」(『科学』973号、2005年5月、68‐84頁)を読んで思ったこと

杉山滋郎「科学コミュニケーション」(『科学』973号、2005年5月、68‐84頁)を読んだ。この論考は「欠如モデル」についてかなり紙幅を割いている。その中に「「信頼性の」重要性」という節があり、冒頭で以下のように述べている。 欠如モデルでは科学知識の欠如…

【修正あり】「ボドマー・レポート」のボドマー、「公衆の科学理解」について語る。

「欠如モデル」という言葉は1985年にロイヤル・ソサエティが発行した報告書The Public Understanding of Science*1に端を発するレポートや調査が依拠している「暗黙の仮定」を形容するモデルとして、1991年に出されたいくつかの論文の中で登場したという*2。…

尾内隆之・本堂毅「御用学者がつくられる理由」(『科学』81巻9号所収)

雑誌『科学』は9月号で「科学は誰のためのものか─原発事故後の科学と社会」という特集を載せている。その中の一つに流通経済大学法学部講師尾内隆之氏と東北大学大学院理学研究科准教授本堂毅氏の共著論考「御用学者がつくられる理由」があった*1。この論考…

「いまだなおドイツは購入するより多くの電力を売却している。ただし・・・」

先日RTされてきた環境エネルギー政策研究所(ISEP)の所長飯田哲也氏の以下のようなツイートを見た*1。 【日本にはびこる露骨なウソ】「独は仏から電気を輸入しているから脱原発できる」←(正解)独は仏に対してずっと輸出超過。原発を8基止めた今年でも11TWh…