「ブロンクスのママ」シリーズで有名な作家ジェイムズ・ヤッフェは15歳の時EQMM誌に短編ミステリ「不可能犯罪課」を投稿し、同誌1943年7月号に掲載されデビューしている。その後このシリーズ全6作が同誌に掲載された。
「皇帝のキノコの秘密」は第5作目でEQMM1945年9月号に掲載されている。シリーズ探偵、ニューヨーク市警不可能犯罪課の唯一の課員ポール・ドーンは友人である古代史の教授からクラウディウス帝毒殺の謎に挑むように求められる。
冒頭にタキトゥス『年代記』第十二巻からの引用があ。おそらく著者は、毒見役がいるのになぜクラウディウス帝に毒を盛ってキノコ料理を食べさせられることができたのかと考え、さらに以下の設定を加えて不可能犯罪を演出したのだろう。
「〔略〕クラウディウスはおそらく歴代の皇帝の中でも、とりわけ神経質で臆病で猜疑心の強い人物だったのだろう。片時も、毒見役をそばから離さずにいた。その毒見役は名をハロトゥスといい、タキトゥスの『年代記』では簡単にしか触れられていない。だが、他のさまざまな文献が、クラウディウスがいかに毒を恐れていたかを詳しく伝えている。彼の約束事はこうだった。毎回、食事の前に、ハロトゥスがひととおり毒見する様子を見守る。次に、ハロトゥスを傍らに置きながら、時を待つ。それも、二分や三分ではなく、必ずきっかり一時間。一時間経過してもハロトゥスに異変がなければ、晴れてクラウディウスはご馳走にありつくことになる」〔略〕「〔略〕さて、この話は、ここでまさしく不可能犯罪となる。毒入りキノコ料理がクラウディウスに出されたのなら、毒見役のハロトゥスも、先にその一部を食べているはずだ。三十分もすれば、具合が悪くなり、症状が出ただろう。一時間後には、さらに容態が悪くなっていたに違いない。であれば、なぜ、クラウディウスは躊躇なく、そのキノコ料理を食べたのか?
(ジェイムズ・ヤッフェ(上野真理訳)『不可能犯罪課の事件簿』論創社、2010年、129-130頁。)
スエトニウスによれば、クラウディウスは暗殺を恐れていたのだが、
しかし、なによりも自信のない人であった。〔略〕槍を持った身辺護衛者がまわりに立っていない限り、そして兵士が召使の代わりを勤めない限り、宴会の席に進んで入ろうとしなかった。
これによると、クラウディウスは毒殺よりも凶器による暗殺を恐れていたようである。