ギリシア語初級の夏休みの宿題が、ギリシア語テキスト1ページのコピーを渡されて、全訳して誰のなんという著作のどこの箇所か探してこい、だったな…
— ursus (@ursus21627082) February 10, 2021
このツイートを読んで、シャーロック・ホームズ譚の一つ「三人の学生」"The Adventure of the Three Student"を思い出した。この話はある大学での奨学生試験のカンニング事件を扱ったものだが、そのギリシア語長文の翻訳問題が"half a chapter of Thucydides"であった*1 。岩波少年文庫『シャーロック・ホウムズ帰る』の「訳者あとがき」で、ホームズ譚には「ところどころつじつまの合わぬ点がでてきて、それについての議論がわくなど、微笑ましい話も数多くある」とし、この「三人の学生」を例に、長沼弘毅著『シャーロック・ホームズの大学』(実業之日本社、1976年)からの指摘を5点あげていて、その5番目が以下のものである。
奨学金 の試験 を受けるほどの学生が、「いままでいちども有名なツキジデスの文章を読んだことがない」といのもおかしい。その出典 がわかれば、危険 をおかして写 したりしなくとも、あとでゆっくり、自分の部屋 なり図書館なりで原文をたしかめ、辞書片手 に勉強できたはずである*2。
これを読んで、当時の英国の大学の古典ギリシア語学習環境はどんなものだったかということについて考えてみた。
事件が起きたのは1895年である。辞書はLiddell & Scottの第7版(1883)が使える。また1889年にはAn intermediate Greek-English lexiconが出版されている*3。Intermediateぐらいは学生が個人的に所蔵しているものなのだろうか。
トゥキュディデスの校訂版は、Scriptorum classicorum bibliotheca Oxoniensisの初版は1898年に刊行が始まるのでまだ利用できない*4。Teubnerを用いたのだろうか。
問題は出典がどこかすぐに見極められるかどうかである。おそらく出典は問題用紙に明記されていなかっただろう。そして西洋古典学を専門にしていなければ、トゥキュディデスを原文で読むのもせいぜい有名な箇所ぐらいだろうからそれ以外の所が出題されたとしたら、ざっと読んだだけではトゥキュディデスであることもすぐにはわからないだろう。とりあえず書き写すというのも理解できるのではないか。
*1:Originally published in The Strand Magazine, vol. xxvii, no. 162, June 1904, pp. 602-613, esp. p. 603.
*2:コナン・ドイル作、林克己訳『シャーロック・ホウムズ帰る』岩波少年文庫、1976年、225頁
*3:A Greek–English Lexicon (リデル=スコット辞典) - Wikipedia(2021年2月13日参照)
*4:Henry Stuart Jones ed., Thucydidis Historiae, Clarendon Press, tom. 1, p. vi. (序文の日付が1898年)